告別式と火葬場

朝方、一回ウチの家族だけ帰ってウチで仕度を整えてきた。
姉夫婦は今日も家から来たけど、今日は娘はお義兄さんのお姉さんにお願いしてきた。
そういえば、俺はお義兄さんのお母さんとお姉さんに昨日、初めて会ったのだ。
お義兄さんの見た目はどこのチンピラかというような強面なのだけど、
お義兄さんのお母さんもお姉さんも、どこの令嬢なのかと思うくらい可愛い人だった。
お義兄さんに初めて会ったときに『ウチの姉貴(お義兄さんのお姉さん)には怖くて逆らえない』みたいな話を聞いていたので、その絵が想像できなくておかしい。


告別式がはじまる前に、最後にもう一度一人で父親の顔を見た。
もう棺の蓋を閉められてしまっているので窓越しだけど…………。


昼になって告別式がはじまった。
今日もよく知らないけど恐らく父親の仕事上での知り合いだった人とか、
近所の人とか来てくれた。


棺の中の父に、皆で旅立つ準備をさせて、お花を入れて………
最後に言葉をかけた。


おばさん達も泣いてた。
姉貴も母も泣いてたと思う。


俺はほとんど言葉も出なかった。
ただ、ありがとうと、お疲れ様と、その程度。
もう何も考えられなかった。


棺を蓋をみんなで閉めて、俺が親族代表の挨拶をした。
喪主はウチの母親だったのだけど、母が自分は挨拶なんて無理というから息子として、
父と皆を安心させなければと、一昨日の夜から挨拶の文面を考えていた。


なんというか、はじめと終わりの挨拶以外は、
父と俺の話で、父がいかに素晴らしい父親であったかという話と、
俺はそれを継いでいくつもりだという話をした。


ちょっと緊張してしまった。
自分的に60点から70点くらい、まだまだ修行しなくてはと思う。
父に恥をかかせないようにと、ちょっと変に意気込みすぎたかもしれない。
でも、きっとウチの父親は笑って許してくれるだろう。


挨拶が終わると、告別式は終わり……ついに火葬場に行くらしい。
ああ、いよいよか……と思う。


この数日の間に覚悟は決めたが、ついに父の身体は骨だけになるのだ。


霊柩車には母が乗って、マイクロバスは親戚達でいっぱいで、
俺と姉貴とお義兄さんが、母方のおじさんに車で連れて行ってもらった。
俺は遺影を抱えて助手席に乗ってたけど、ちょっと音も立てずに泣いてた。


最近は火葬場ではお別れをさせてくれないらしい。
もうついたらすぐに棺を入れてしまう。
俺はまた泣いた。
突発的に嗚咽が漏れて肩が揺れた。


父の棺は、さっと入れられて、さっと扉を閉じられてしまった。
あっけないものだ。


お坊さんがお経を読みながら、最後の焼香が行われた。
あぁ、本当にこんなもので終わりなのかと思った。
あっけない、本当にあっけない。


俺と姉貴は雨が降り出す中、煙突からの煙を見たけど、母親は疲れたと言って見に来なかった。
見たくなかったのかもしれない。
姉貴と一緒に、「でも煙突一つだからお隣さんと一緒だねぇ。」とか
「いまごろ、『おやおやお宅もですか。』とか言ってるのかねぇ。」とか、
そんなどうしようもない事を話した。
「お父さんはもうこの世界での修行を十分に終えたから、早かったのかねぇ。」なんて話をして、
また二人でちょっと泣いた。


骨になるまでの時間、子供の頃に祖父やその他の親戚の葬式に出たときは異様なほど長かった気がしたけど、
自分の父親のときはほんの一瞬だった。


あっという間に父は骨になってた。
まだ61だったし、随分としっかりとした骨だった。
火葬場の人が手馴れた手つきで骨を処理していく。
俺は母親と一緒に最初に壷に骨を移した。


この儀式的な作業が終わった後は火葬場の人が残りを入れていく。
骨の量も多かったから、火葬場の人は手馴れた手つきで骨をすり潰していく。
解ってはいるけど、やっぱりちょっと残酷な埋葬方法だと思う。


でももう骨だし、俺の事を愛してくれた神経回路は、
亡くなった時点から徐々に壊れだしていて、
燃やした時点で完全に燃え尽きてしまっているのだと、
俺の脳内の理知的な部分が頭の中で言っていた気がする。
それは理解した上で、俺は父親が自分の中にまだ居ると言える。
ウチの父親が本当に居なくなるのは、俺や姉貴がみんな死んだ時なんだろう。


俺は父親の骨壷を抱えて、火葬場から斎場に戻った。
斎場で献杯をして、また骨壷を抱えて実家に戻った。
骨はまだ熱かったらしく、徐々に壷を温めていて、人肌くらいになっていたのがわかった。
小さい頃、何度も父親に抱きかかえられてきたと思うけど、
父親を丸ごと抱きかかえる日が来るとは思ってなかった。


どうやら、一応これで一通りの儀式的な物が終わったらしい…………。


嫌でも目の前に現実がある。
本当に、病死だけど交通事故にでもあったみたいな突然さだった。
交通事故での死亡でも、即死じゃなければもう少し時間があるかもしれない。
ウチの父親は倒れたきり意識を一度も回復しなかったし、
一時間か二時間程度で医師も諦めてしまったようだった。


ふるさとが……少し色あせてしまったような感覚。
でも、俺は父親から受け継いだものを、次の世代にちゃんと受け継がせる為に生きていかなきゃいけない。
母親と姉貴と姪、みんな女だから、いざという時は俺が全員守らなければいけない。


だから、もうちょっとだけ泣くかもしれないけど、
俺はこの先も、今まで以上に良く生きていく。