二度目は効かない暗示の三度目を試す男

常々、タバコをやめたいと思っていた。
自分ではほとんど無意識なのだけど、ほぼ常に且つ頻繁に咳をしているし、その事は色々な人から指摘され続けていた。
特に親しくなった女性、親しくなる可能性をもって前向きに会ったりしている女性から指摘される事が多かった。


というわけで、先日また咳の事を指摘されたのだ。
既に半ば諦めていつつも「禁煙したいとは思ってる。」というのがいつもの答だった。


で、一昨日の片付けの際に一冊の本が発掘された。


「禁煙セラピー」


自分はこの本で一度禁煙に成功している。
この本を最初に薦めてくれたのは姉だった。
小さな頃は自分と姉は二人揃って両親の喫煙に対して不平を述べながら「絶対にタバコなんか吸わない。」と繰り返す小さな嫌煙家だった。


姉のほうは、どうやらそのまま嫌煙家として育ったようだったが、俺は付き合った友人が悪かったのか、やっぱり自分が悪かったのかわからないけれど、気がつけば普通の喫煙者になっていた。


姉は攻撃的嫌煙家だったので、最初のうちはかなり "口撃" されたものだった。
その姉がある日、(珍しく)ずいぶん優しくこの本を薦めてくれたのだ。
多分2000年か、2001年の出来事だ。


恐ろしく簡単にタバコをやめられた。
そして「もう一生タバコを吸うことはないんだ!!」と思った。


ただ、自分は愚かだった。
絶対に「ちょっと一本吸ってみる」なんて事はダメだと本にも書いてあるのに、非常につまらない事でちょっと一本吸ってしまったのだ。


筋書き通りに自分は再び喫煙者に戻った。


それから数年。
俺がちょうど韓国にいた頃の話。
この日記の当時の日のところに出てくる "彼女/元カノ" が、自分の彼女になるかならないかの時の出来事。
二人でいた喫茶店(ケーキ屋さんだったかもしれない)で、俺は大見得をきった。
「じゃあ、俺はタバコをやめるよ。」
そういって吸っていたタバコをもみ消して、箱に残ったタバコは箱ごと席において店を出た。
店員さんがタバコを忘れ物だと思って声をかけてくれたけど「要らないんです、捨ててください。」と、拙かった韓国語で伝えて店を後にした。


この "彼女/元カノ" が後から言うには、この行動が交際を決めた決定打だったらしい。
その潔さに彼女は惹かれたのだと言っていた。


その時は、本当にやめるつもりだった。やめるべき大きな理由ができて安心したくらいだった。のだが……この禁煙は失敗に終わる。
後日振られる事になるのだが、その時の理由の一つが「その禁煙の誓いが(結果的に)嘘だった事」に対する不信感だったようだ。


それでもこの時、一度失敗した後ですら何度も禁煙を試みたのだ。
その時に藁をも掴む思いで、わざわざ日本から取り寄せて読んだのが「禁煙セラピー」だった。


ただ残念なことに、この本の頭のほうにはこう書いてあるのだ。

私がもらう手紙の中で一番かわいそうなのは、本書を読んで、または私のビデオを見て一度は禁煙したのにまた始めてしまう人たちです。禁煙できたときにはとても喜んでいたのに、また罠にかかってしまい、もう二度目は効かないのです。

この言葉は意地悪で書かれているわけではない。
どういう意図で書かれているのか、この本がどういう方法で禁煙を成功させるのかをある程度掴んでいるならわかる。
この言葉にはいくつかの意図がある。


一つは、暗示を強める為。
一つは、絶対に一度目の禁煙を成功させる為。
最後に、またすぐにやめられるからと、繰り返し喫煙と禁煙を行ったりきたりさせないようにする為。


それは理解できているのだが、この言葉の為に "二度目" であった自分はこの時禁煙できなかった。
そして "彼女/元カノ" からは振られてしまって、韓国にいる意味を失った俺は帰国することになる。



それからまた時が流れて……。
今、手元にはこの "二度目" の時に日本から取り寄せた "禁煙セラピー" がある(表紙に教保文庫のバーコードのシールが貼ってある)、ちなみに実家の部屋には一冊目もある。


これが、いいタイミングで片付けの最中に『発掘』されたのだ。
二度目は確かに効かなかった、書いてあったとおりだ。
でも、今でも自分は禁煙したかった。
いいタイミングで出てきたのだし、読み始めた。あの記述の事は覚えていたけれど。


そして、その表記をもう一度確認した。再度引用する。

私がもらう手紙の中で一番かわいそうなのは、本書を読んで、または私のビデオを見て一度は禁煙したのにまた始めてしまう人たちです。禁煙できたときにはとても喜んでいたのに、また罠にかかってしまい、もう二度目は効かないのです。

うん、良かった。
確かにそう書いてある。
自分の記憶違いだったら困るところだった。
もしかして "二度目以降は" と書いてあったんじゃないかと思って少々不安だったのだ。


俺、この本で禁煙を試みるの三度目だから、二度目の事は関係ねぇ!!


屁理屈!?
ノンノン、プログラミングをする人なら基礎のレベルで気をつけるべき所だよ、ここは。
for (int i = 0; i <= 2; ++i); と for (int i = 0; i == 2; ++i); ははっきりと違う動作を指定している事になる。


効かないのは二度目だけ!!


自信をもって、本の内容を信じよう。
そして、積極的にこの本の内容のポジティブな暗示にかかろう!!
俺はもう自由だ!!
タバコの事を思い出したとき、もう「吸いたい」じゃなくて「あぁ!! もうタバコの牢獄から抜け出したんだ!! 自分のコントロールを自分に取り戻したんだ!!! 幸せだ〜!!!!」って思えるんだ!!


もう部屋の灰皿と携帯灰皿の吸殻もビニールに捨てて、残っていたタバコ……最初の一本と同じ銘柄、セブンスターのソフトケース……も握りつぶして、その吸殻の中にぶち込んだ!!
俺は、勝ったんだ。三度目の正直ってやつだ。
これを書いている最中、恐らく最後の一本のニコチンが切れたのだろう、ふと吸いたいような感覚がした。
でも、自信をもって自分自身にこう言った。
「もう吸わなくていいんだ!! 幸せ!!!」


正直言って今は、この本を最初に読んだときほど強い暗示にはかかっていない。
だけど、あの時よりも八年分の「吸いたくないはずなのになぁ……」という思いもある。
そして "二度目じゃないから大丈夫!!" という心強い事実もまたある。


「禁煙セラピーを読んで一度は禁煙したのに失敗してしまった。あれって二度目は効かないんだよな……」と陰鬱な気分になっている人達に送りたい言葉がある。


"三度目も効かないとは、どこにも書いてない!!"