父の急逝

明洞でのん気に遊んでいた日。
生まれて初めて実弾の拳銃を撃ってみたり、そんな事を日記に書こうと思いながら、
周りの人達が免税店に行くというのでお付き合いで行って、
特に欲しいものもないしちょっと外に出て一服……していたら母親からの電話が来た。


父方の祖母が日に日に痩せ衰えていて、そろそろかもしれないから
父と母が一度顔を見に行くなんて話があったので、もしかして……なんて思いながら電話をとると……。


「もしもし!?あんた今どこ!?
 お父さんが息してないの!!!」


泣いているのか泣きそうなのかわからないけれど、そんな声の母。
父が死ぬような病気にかかったなんて聞いてないし、
とりあえず意味がわからないけれど、急いで行くことを伝えて、
姉に連絡したのかどうか聞いてみる。


「やっぱりお姉ちゃんにも連絡した方がいいのかな!?」


かなり動転しているようだ。
姉が産後2ヶ月なのを考えての事なのだろうけど、
そういう事言ってられる状況じゃないのも解らないらしい。
俺は今、韓国にいてすぐには駆けつけられないし、
姉はあれでいて、すごくしっかりした部分がある人なのだ。
急いで行ってもらうのは姉しかいない。
母にすぐに連絡するように伝えて、落ち着くように言った後、
一緒に行っていた会社の人に電話で連絡して、すぐにタクシーを拾う。


明洞なので勝手がわからず、タクシーを見つけるのに苦労した。
やっと拾えたので姉にちゃんと連絡が行ったかどうか確認の電話を入れる。
姉貴も準備して今タクシーを待っているらしかった。


で、一緒に行っていなかった会社の人にも連絡して、
飛行機の便の変更の方法を電話で教えてもらったりしながら移動。
とりあえずタクシーに乗っている間に、今日の便は無理で明日の朝の便という事で変更した。


ホテルに着いて全ての荷物を無理矢理押し込んでいる時、姉貴から電話。
さっきはまだ普通の声だったけど、今度はもう泣き声だった。


「もう駄目なんだって!! お父さん、もう駄目なんだって……」


「そんな……」としか言えなかった。意味が解らない。解りたくない。
まだ母親の電話から一時間ちょっとしか経っていないのに……。


「だからあんた、そこまで無理して急がなくていいから、普通に明日の朝の便で帰ってくればいいから……」


泣きながら話す姉貴の言葉で "もう駄目" の意味が確定してしまう……。
よくわからないまま電話を切って


「嘘だ、嘘だ」と言いながら荷物を無理矢理かばんに詰め込んでいた。
荷物が詰め込み終わったら、ホテルにいた会社の人に状況を説明してチェックアウト。
金浦空港に向かう。


とりあえず、アシアナの搭乗手続きの所の人に話したら、
発券カウンターに行ってキャンセル待ちをすればいいというので発券カウンターに行くと
「今日の便はもう全部終わりました、JAL のほうに行ってください。」
とか言う。
今、搭乗手続きに人が並んでいるのは何だと言うのか、キャンセルがあるかどうかまだ未確定だろうが。


仕方がないので JAL のほうに行ってキャンセル待ちをする。
搭乗手続きの時間が終わったらしく、キャンセルされた席がいくつかある事が確定したようだ。
生まれて初めて乗るビジネスクラスがこんな時だとは思わなかったが、
今はエコノミーがいいとか言ってる場合じゃないのでそのまま急いで乗った。


羽田について、電車とどちらが早いのか迷ったけどタクシーにした。
まどろっこしい事やってられないし、電話もしなくちゃいけなかったから。


タクシーに実家方面に向かってもらいながら、母親に電話する。
「今から向かえばいいのはウチ?病院?」


なんとも言えない沈んだ声で
「もうウチだよ。帰ってきた。」
という返事……。


姉貴の言った「もう駄目」の意味を俺が取り違えていたとか、
突然回復したとか、そんな答を期待していたのに
一番聞きたくない答だった。


タクシーの中で会社の人にもう一度連絡をした。
駄目だったらしい事が確定したので、しばらく休ませてもらいます、と。
俺のそんな話を聞いているはずのタクシー運転手なのに
「最近のナビはすごいでしょう!?」
とかしつこく話をしてくる。
この運転手はなんなんだ、と思った。
乗り換えてたら時間が余計にかかるからそのまま乗ってたけど、
もう少し客の言動から心情を察して欲しいと思う。


実家についた。
鍵を開けて入ろうとしたけど、中からのロックもかかっていたので母親を呼ぶ。
まだ家につくと思っていなかったらしい。


父がいるのかと思っていたら、いなかった。
原因不明なので、明日の朝に病理解剖が行われて、その後にウチに来るらしい……。
姉貴は娘も幼いからまた明日の朝に来るという事で今日は帰ったらしい……。


母一人しかいない家……。
父親は今日は用事があって居ないのだと言われれば、それで納得できてしまうような状態の実家……。
なんなのか解らない。
とりあえず母親から事の顛末を聞いてみるも、
父の姿を見ていないし、まだ心の中では何かの冗談だったらいいと思っている。


とりあえず、俺は親の死に目に会えないという親不孝をしたようだ。
納得できてないけど、状況的にそうらしい。
意味が解らないし、明日の朝にならなければ父は来ないと言うので、
ソラナックス睡眠薬代わりに飲んで眠ってしまうことにした。


父が亡くなった日、
それは俺にとって、あまりにも意味がわからず、そしてあっけない日だった……。


以下、自分用メモ
母からの電話 11/09 15:44 最初の電話
姉からの電話(1) 11/09 16:58 ホテルで受けた
姉からの電話(2) 11/09 22:15 着いた後の時間のはずだが、会話内容は覚えていない。
父からの最後の電話 10/30 12:27 ネットの接続の件での電話。